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末吉日記

マンガとアニメのレビューとプリズムの煌めき

KING OF PRISMの輝き

映画 アニメ

劇場版アニメーション、「KING OF PRISM by pretty rhythm」(以下キンプリ)を初日に観てきました。

もの凄く良かったです。

それでレビューを書いたのですが、お読みになる前に一点ご注意を。

私はTVシリーズのプリティーリズムシリーズが好きで好きで、そのプリリズを継承したプリパラや、プリパラの劇場版作品の2作も楽しんで観てきました。このレビューは、キンプリについてはもちろん、以上に挙げましたプリリズ、プリパラシリーズへの言及が大いに含まれますので、今回キンプリを観て初めてプリティーリズムに触れた!という方にとってはピンと来ない話になっている可能性が高いです。そのような方は、レビューを読まれるよりも先に、兎にも角にもまずプリティーリズムを観てください。キンプリを観た方にはプリティーリズム・レインボーライブ→劇場版プリパラ み~んなあつまれプリズム☆ツアーズと観るのがお薦めですよ。

docomoの動画配信サービス、dTV(dアニメストアとはまた別)で月額いくらか(数百円)で観放題なのでぜひ観てください。

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 (追記:16年4月現在配信は終了しています)

それではレビューしていきます。以下ネタバレを含みます。

 

 

 

※ジャンプ名などは私が聴きとったものでありおよそ不正確です。ご注意ください。

 

「スタァ…」

シンが宙を駆け、聖の声が響き渡った瞬間、涙があふれた。今観ている映画が、紛れも無くプリティーリズムの新作であるということが心の芯から理解できた。

冒頭のathletic coreではプリズムジャンプへのシンのリアクションのオーバーさに笑い、聖の「スタァ…」に心を強くつかまれ、EZ DO DANCEのバトルとシンの無限ハグに熱く燃え、flavorにプリズム☆ツアーズ(以下ツアーズ)・ルート4からここまでの長い道程に感じ入り、そして、Over the Sunshine!の底抜けな明るさに笑顔で涙を流した。プリズムの輝きは確かにここにある。そう確信させてくれる映画だった。

 

・特に印象に残ったショーについて。

flavorが良かった。スターライトエクスプレスに乗って新天地へと旅立って行くコウジと、それを見送るヒロとカヅキ。ここで描かれる、Over the rainbow(以下オバレ)の3人が活動休止ながらも再会を誓う姿は、ツアーズのルート4で書き残された「また みなさんの前に 戻ってくることを 約束します!」のメッセージと深く重なるものだった。

 

この重なりについて語るために、まずツアーズについて語っておこうと思う。

ツアーズという作品については以前別のブログでレビューを書いた。

劇場版プリパラ み~んなあつまれ!プリズムツアーズ 感想【ネタバレ】:末吉のブロマガ - ブロマガ

ツアーズは、現実におけるプリティーリズムというコンテンツの終焉とプリパラへの継承を、崩壊していく世界をプリズムの煌めきをらぁらたちが受け継ぐことにより救うことに擬えて描いた、非常にメタ的な映画であり、その構造や暗示の巧みさにつよく感動させられたものだった。

が、しかし、あの映画の主軸を「継承」と捉えると、オバレに再会の約束を取り付けられて終わるルート4をどう解釈すればよいのかがわからず、しかもルート4にだけ作画等のリソースが割り振られていて、どうにも据わりが悪いと感じていた。

 

それから時は流れてキンプリの公開直前の2015年の12月、「エーデルローズ第2次入学説明会」と称して、ニコニコ生放送で特番が放送された。

live.nicovideo.jp

ここで菱田監督がツアーズについて、そしてキンプリについて語った内容はショッキングなものだった。

町田でのイベント、新曲flavorの入ったアルバム製作、法月仁お誕生会、クリスマスライブでのオバレのビデオといった形でボーイズ企画の命脈をなんとか保ってきたこと。

ツアーズが元々はプリティーリズム単独の企画であったところを、プリティーリズムだけでは興行上弱いという理由から、プリパラの力を借りることになったこと。

ツアーズのルート4は制作をやめるよう指示されたが、それをはねのけて作ったルート4が他のルートの3倍の動員を達成したこと。

そして、キンプリが作られたこと。

 

ルート4の据わりの悪さの理由が、このニコ生でやっと理解できた。もっとプリティーリズムという物語を語り続けたい監督が、プリティーリズムのひとつの終焉を描かなくてはならない。その心理的分裂が、ツアーズにおけるルートの分岐として現れていたのだ。監督が自身の欲望と折り合いをつけている部分が、プリリズからプリパラへの「継承」を描いた大半の部分であり、折り合いをつけられなかった部分がルート4であったのだ。

ルート4という分岐が描かれることは、世間の大きな流れからすれば小さなアクシデント的な出来事だったのかもしれない。それこそ、バナナの皮を踏むようなーーしかし、その分岐した枝は育ち、キンプリとして実りをつけた。

少し飛躍があるかもしれないが、『キンプリが公開されることによって、ツアーズという映画は完成した』とわたしは言いたくなる。「つなぐ」ことで煌めくプリズムの煌めき。ツアーズという映画が、プリリズとプリパラをつなぐものだということはわかっていたが、キンプリ制作のあらましを聞くと、ボーイズ企画に対しても同様に、未来へとつないでいくことを煌めきを以って描いていたことがわかった。ツアーズは、真にプリズムの煌めきに満ち溢れる映画となった。プリティーリズムを語り続けたいという強い意志が、ツアーズをそういう映画にした。わたしはその美しい達成を完成とよびたい。

 

キンプリのflavorが、ツアーズのflavorを承けたものである、というのは以上にあげたこれら2作品の繋がりから明らかだろう。プリズムショーの構成であるとか、そういったところの相似はもちろんのことだが、ツアーズのflavorにおいて結ばれた再会の約束が、キンプリという形で果たされていることを、キンプリのflavorはつよく意識させるものとなっている。キンプリのflavorは、ツアーズを語り直すものであるといえるだろう。プリズムトレインによってわかたれる人々、というのもツアーズで描かれたモチーフだ。

ツアーズとキンプリの、美しい繋がり。flavorが特に印象に残っているのは、そういう理由からだ。

 

・新主人公のシンについて。

シンというキャラクターは春音あいら性がとても高いキャラクターで、冒頭のスタァ…のやりとりもそうだし、記憶違いでなければ風呂場で転ぶところもぎゃふん!と言っていたと思うのだけど、この「Over the Sunshine!」の、急にショーをするように聖に言われるくだりも、ADの1話を彷彿とさせるものだった。しかしこのシーンは同時にRL34話の「ハピなるなら手をつなごう」の照明が暗くなり泣き声が響くシーンも想起したので、このシンというキャラクターには、ADとRLの対比、あるいは融合、といった方向性がもたせられているのではないかと思った。それは太陽と月の対比とも関係があるかもしれないし、あるいは「プリズムの輝き」と「プリズムの煌めき」という2つのタームの差異と繋がるものかもしれない。

細かくは覚えてないのだが、このキンプリという映画では、「輝き」という語が「煌めき」よりも多く使われていたような印象がある。これは今度観た時に検証しようと思っている。その印象もあって、今回、レビューのタイトルを「KING OF PRISMの輝き」とした。

 

・シンについての続き。

シンはヒロに憧れているという設定なのだが、この設定は作中でどのように描写されているのだろうか。わたしは、シンがプリズムショーを「食らう」表現が充実していることから、シンとヒロの相似性が見て取れるように思える。ヒロもまた、プリズムショーを「食らう」キャラクターであったからだ。

冒頭、「athletic core」の曲に乗せて立て続けに繰り出されるオバレの3人のプリズムジャンプを、シンは立て続けに「食らう」。プリズムジャンプを食らうシーンといえば、RL31話「目指すは勇者!フリーダム!!」で、ヒロのPRIDEがカヅキに真っ二つに斬られたシーンが思い出される。シンのこのプリズムショーへのリアクションの豊かさは、ヒロのそれと重なるものなのではないだろうか。

中盤、「EZ DO DANCE」にのせて、カヅキとアレクサンダーとの戦いと、コウジとシンの対決との2つのプリズムショーが交互に描かれる。

カヅキとアレクの戦いは、かつてカヅキとヒロが2度ぶつかり合った高架下で行われる。そこでカヅキの、かつてヒロを切り裂いた剣をアレクのシックスパックが「弾く」ところに、アレクとヒロとの対比をみることができる。つまり、バーニングソードブレイカーを真正面から食らうヒロがそれを弾き返すアレクから想起され、その流れでコウジのプリズムジャンプを食らうシンが描かれることにより、ふたりの共通性が表される、という表現になっている。

そこでシンが跳ぶジャンプが「シン・無限ハグ」であったことも、ヒロとの重なりをより強めるものだ。冒頭のathletic coreでヒロは「みんなの気持ち、全て受け止めるよ」と無限ハグを飛ぶ。シンとヒロとは、ジャンプを「受ける」、「受け止める」という点において重ねられている、とみることができる。

 

・KING OF PRISMという映画について。

flavorが、ツアーズの経緯を語り直すものであるとみるならば、その後のOver the Sunshine!で、プリズムショーに触れて間もないシンが新たなショーを見せることにより客席の光が復活するのは、新しくプリズムショーに触れた者こそがツアーズの先、プリティーリズムの未来を拓いてゆくのだ、というメッセージととれる。これは監督が前述のニコ生で、キンプリへは友達を誘って観に行くようにうながしていたこととも重なる。

新しい人がプリズムショー/プリティーリズムに触れること。観た人の世界を輝かせること。そして、更に物語を語り続けること。この三つの祈りが込められた作品がKING OF PRISMなのだ。

簡単に見つかるオアシスは蜃気楼。熱せられた砂を掘り、指先の痛みに耐えて見つけた湧き水だからこそ魂を潤し、止まりかけたキャラバンの背中を押した…やがて君たちは星に導かれ、真のスターとして漆黒の闇に光を放つことを、俺は約束する。

監督は前述のニコ生において、キンプリをどういうものにするかについて、「プリティーリズムシリーズのラストをかざる、アニバーサリー的なものも考えました。ドラマ性を全く排除してライブ中心にまとめ、応援上映会でまたみんなと大騒ぎして今までありがとうさようなら、と締めくくるのがいいのではないかと。」と語った。このような映画も楽しいものだっただろうとは思うが、しかし、監督とファンとがお互いを見つめあってしまっていては、「低い」ものが出来上がってしまっていただろうと思う。

結局、オリジナルの新作ストーリーを語ることを監督は選んだ。新作カットを大量につけて、「予算ぎりぎりいっぱいの、本当は大赤字の力作」を作ってのけた。監督は熱せられた砂を掘ってでも、新たにプリティーリズムに触れる「新しい仲間」を増やす方向へと歩みだした。

ファンもまた、監督と同じ方向を向いて進みつつある。キンプリを見せる、というファンの活動は広がっている。わたしも言う。

KING OF PRISMを観てください。

プリティーリズムを観てください。