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末吉日記

マンガとアニメのレビューとプリズムの煌めき

アイカツ!61話再考 歪められたマラケシュ

この記事はいちそらアドベントカレンダー7日目の記事です。

www.adventar.org

昨日はお休みしてしまいましたが6日目は近いうちに何かしらの記事で埋めたいと思います。とかいっているうちにまた遅刻してしまいました*1

 

今日はいちそらアドベントカレンダーにふさわしくはないかもしれませんが、あらためて61話を見つめ直してみたいと思います。

 

風沢そらのヒストリーについてわかっていることは非常に少ないです。

  • 子供のころ海外にいた
  • 5歳のころにマラケシュでミミと出会った
  • 小学生のころ流行したドラマであるクールエンジェルスを全く知らなかった

本編から読み出せる情報はこれくらいです。クールエンジェルスを知らないのは日本へ帰国した時期を類推する材料になるかもしれませんが、単にお芝居への興味が薄いからかもしれません。その理屈でいえばそら同様にクールエンジェルスを知らなかったセイラもまた海外にいたことになります。

ちょっと話が逸れますが、私はセイラも幼少期を海外で過ごしていた可能性もあると思っています。セイラの両親が経営するカフェがオープンしたのは53話時点で「最近」のことであり、それ以前に両親が何の仕事をしていたかは不明です。セイラにクラシック音楽に関する英才教育を受けさせていたこと、カフェの名前が音楽用語であること(Vivo、活き活きと、活発に)、カフェにピアノが置かれていること、そしていちごが初めてセイラの母親と出会ったときにその声に魅了されていたこと(「わぁ、きれいな声ですね」)などから、両親は音楽関係、ことに母親は声楽関係の仕事をしていたのではないかとも想像できます。

音城家は海外を飛び回って音楽の仕事をしていたが、ノエルの体調の悪化が深刻になったため仕事を休んで日本でノエルの看病に集中するようになって、そしてノエルは小学校へ行けるほど回復したがまだ不安が残るため、家を離れずにできる仕事であるカフェを始めた、というバックストーリーがあったりしたのではないかと私は妄想しています。

 

さて、風沢そらに話を戻しますと、オフィシャルコンプリートブックには、「幼い頃は、母親と海外で暮らしていたそら。(P77)」という記述があります。二人で暮らしていたように読みたくなる書き方ですが、他に一緒に生活していた人物がいた可能性も捨てられない文面です。61話でそらの母がもう寝なさいと言いながら寝室の扉を閉めて別の部屋に向かっている描写からすれば、父親かだれかがいるリビング的な部屋へ向かってるような感じもしますが、あるいは書斎や作業場などの部屋へ向かって独りで仕事に打ち込んでいたのかもしれません。どちらにせよ二人で住むには広すぎる家のようには見えます。

そもそもなぜそらの親はマラケシュに住んでいたのでしょうか。政治の中心である首都ラバトや経済の中心であるカサブランカではなく古都マラケシュに住むというところから、そらの親がたとえば外交官や商社マンなどの仕事をするためにモロッコへ来たわけではないように想像できますが、それくらいの印象程度のこと以外は何もわかりません。

そらたちがどれくらいの期間マラケシュに住んでいたかは不明ですが、もし仮に数年にわたって住み続けていたならば、そらには初等教育が必要だったはずです。少し調べてみたところ、人口が過密しているマラケシュでは私立の小学校の倍率が高いらしく、入学するためにはフランス語の能力がそれなりに問われるようです。

公立の小学校であればアラビア語による授業が行われるようです。そらが公立か私立の小学校に通っていたか、あるいは家庭教師から教育を受けたりしていたのか、そらの受けた教育にはいくつかの可能性がありますね。このあたりはそらがミミと何語でコミュニケーションを取っていたのかという問題に関わってくるところでもあります。そらがミミとフランス語でコミュニケーションを取れていたならば私立の小学校に通えるでしょうし、そらが日本語しか話せずミミが奇遇にも日本語話者であったというパターンならば、学校に通うのは難しいでしょう。

そらとミミとの会話にはクシュクシュ、ふわふわ、キラキラ、パタパタといった日本語のオノマトペが頻出しますし、それがそのままそらの呪文と結びついているわけですから、61話の表現をベタに読めばそらとミミとは日本語で会話していたということになります。しかし、ミミが客に向かって呼びかける「よかったら見ていってください」が日本語であったというのは考えにくく、おそらくここでミミが用いた言語はモロッコでよく使われるアラビア語、モロッコ方言ないしフランス語であり、かつ映像の繋がりからいってそらの理解できる言語であったと考えられます。つまりこのシーンでは言語に関して何かしらの嘘をついているということであり、ソリッドな解釈は不可能で、言語は不定ということにしかなりえません。

アイカツ!にはいちごの話す、日本語とちゃんぽんになっているジョークのような英語という形で異言語との接触をおもしろおかしく描く箇所もあるのに、ここでは言語の多様性から逃げるような描写になっていることに、わたしは多少の苛立ちを感じます。なぜ英語にのみ特権的な位置を与えているのか?と。

そういうわけでこの会話が何語でなされていたかは不定なのですが、私は個人的な――あくまで個人的な理由によって、そらとミミはフランス語で会話していたと考えたいと思っています。

 

なぜフランス語が好ましいかというと、モロッコがフランスの植民地であったという事実を重視したいからです。アイカツと植民地支配とは一見結びつきにくいワードのように思われるかもしれませんが、141話においてスペインにルーツを持つ紅林珠璃とスペインの植民地であったメキシコの物語が、149話において紅林とスペインの旧植民地であるフィリピンにルーツを持つムレータ淳朗の物語が描かれたことから、アイカツ!という物語が植民地支配、帝国主義に対するなんらかの視線を投げかけているという読解にはある程度の蓋然性があります。

そして、私が61話に関して考えているのは、その帝国主義を支える言説であるオリエンタリズムを61話ははらんでいる、ということです。61話は素晴らしいエピソードではありますが、しかし同時にそのオリエンタリズムに対しては批判されなければならないと考えています。

61話は日本人である風沢そらと、おそらくは欧米から来たのであろうヒッピーのミミがマラケシュで出逢う物語ですが、舞台であるマラケシュの人が何らかの役割を果たすということはありません。マラケシュはただヒッピーたちが訪れる街として描写されます。そして、マラケシュという街のごく一部のエリアである旧市街の光景しか映されません。

マラケシュには新市街と旧市街があり、ふたつのエリアは壁で区切られています。これは植民地支配時代にフランスの都市計画家であるアンリ・プロストが設計したものであり、旧市街に原住民を住まわせ、その周囲にヨーロッパ人の生活圏として新市街を構築するという計画でした。これは異なる文化どうしを分離すると同時に、その差異を保存するものでした。こうして保存された旧市街にあるジャマ・エル・フナ広場やスーク(市場)は、今日においても多くの旅人たちを惹きつけています。

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これは61話のワンシーンですが、これはジャマ・エル・フナ広場にあるCafe de Franceというカフェからとらえたマラケシュ旧市街の光景と一致します。

旧市街の外には新市街が広がっており、空港や大きなターミナル駅、大型ショッピングモールや現代的なアパートメントなどが建ち並んでいます。そらがミミと出会った2003~4年にはすでにマクドナルドもあったようですが、そういった旧市街の外側は、アイカツにおいて全く描かれませんでした。

つまり、そらとミミの二人の出会いの場所をどこか変わった、エキゾチックな場所として演出するために、マラケシュという街の在りようが歪められて描かれているわけです。そうして描かれたものの極北がそらたちの大きな部屋と対比されるミミの住む安ホテルであり、それはヒッピーの街というイメージを存分に強調するものでした。

その「ヒッピーの聖地」としてのマラケシュというイメージは、あくまで欧米人が作り上げたものでしかありません。フランスが植民地支配の過程で作り上げた「旧市街」という枠に、アメリカを中心とするビート・ジェネレーション~ヒッピー・ムーブメントのカラーを塗り込み、そしてその周辺である新市街の現代的発展を切り落としたものとしてアイカツ!マラケシュという街を描いているわけで、そのような描写はモロッコに対して欧米のもつ支配者的な感覚を追認するものといえます。

そのアメリカによる新たなる帝国主義的な視線を61話がはらんでいることを深く意識するために、ここでのミミとそらの会話は旧宗主国の言語たるフランス語であってほしい、と私は考えているわけですね。だからこの解釈は、アニメ本編の描写に対してのある種の私なりの抵抗、レジスタンスであるわけです。なのであくまで、個人的な解釈なのですが。

 

 

エドワード・サイードは「文化と帝国主義」で、フランス植民地下のアルジェリアで生まれ育ったアルベール・カミュとその作品に対して次のような記述をしています。

(...)彼の小説は、それが上梓されてからほぼ半世紀を経ようかという現在もなお、人間の条件についての寓話へと安易に置き換えられている。たしかにムルソーが殺すのはアラブ人となっている。けれどもこのアラブ人には名前がない。父親や母親のみならず経歴すらないようにみえる。たしかに、オランでペストに倒れる人びとはアラブ人ということになっている〔オランはアルジェリアの港町で『ペスト』の舞台〕。しかし彼らにも名前がないし、物語の筋立てのなかで全面に押しだされるのは、フランス人のリウーでありタルーである。また、なんであれテクストに存在しているものの豊かさをひきだすべくテクストを読むべきであって、テクストから排除されたもの――そんなものがあるとしての話だが――を求めてテクストを読むべきではないと、わたしたちはよく語ったりする。けれども、わたしは主張したい。カミュの小説の細部から、かつてはカミュの小説とは無縁だと思われたものを見いだすことができる、と――無縁だと思われたものとは、一八三〇年に開始され、その後、カミュの生きていた時代ならびにカミュのテクストの構成そのものにまで流れこんだ、きわだってフランス的な帝国主義支配の現実なのである。

E・W・サイード 大橋洋一訳「文化と帝国主義 1」p320

アイカツ!に流れこむ『きわだってアメリカ的な帝国主義支配の現実』を私は61話のマラケシュの描写にみたのであり、それは加藤陽一のテクストによるものでありました。氏が中学3年の1年間を鬱憤を募らせながら暮らしたというアメリカという場からどのような影響を受けたのかはわかりませんが、アイカツ!にはどこかアメリカを崇拝するような観点があるように、私には思えてなりません。

 

今日はこのあたりで。明日が最終日です。ここまでに書いたことを前提に読めるようないちそら小説を書けるとよいなと思いますが、正直クリスマスには間に合わないように思います。(もし期待していらっしゃる方がいれば)気長にお待ち下さい……。

 

参考にしました:

モロッコの子供の教育 | marrakech photo diary.

建築家・都市計画家アンリ・プロストによるモロッコ歴史的都市のアーバン・デザイン http://ir.library.osaka-u.ac.jp/dspace/bitstream/11094/56324/1/jjsd62_108.pdf

日の沈む国から「モロッコで新年を迎えたいという無謀な人たちに贈る〜後編」

マラケシュのカフェ事情 (1) 〜 Cafe de France カフェ・ド・フランス : Vivement les vacances! お休みが待ちどおしい

「ズームイン!!朝!」から学んだモノづくり「妖怪ウォッチ」「アイカツ!」脚本家・加藤陽一に聞く1 - エキレビ!(1/6)

大橋洋一 トラヴェラーズ・アイズ、ツーリスト・ゲイズ――小説「シェルタリング・スカイ」と新植民地主義 (1991) 現代詩手帖 34-4 158-161思潮社

E・W・サイード 大橋洋一訳 文化と帝国主義 1 (1998) 320 みすず書房

*1:例によって投稿日時を操作しています。12/25の午前2時頃投稿です