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末吉日記

マンガとアニメのレビューとプリズムの煌めき

いちそら学序論 I アイカツ!62話における風沢そらの心理

2015/11/16

大幅に改稿しました。

2016/3/14

序論Ⅱの投稿に合わせて、

  • タイトルを変更
  • いちそらと関わりない部分について大幅に改稿
  • その他細々と改稿

いちそらとは星宮いちごと風沢そらのカップリングを指す語です。いちご絡みのカップリングはいち○○となるのがデファクトスタンダードらしいことに最近気づいたので、私は今までそらいちと呼んでたのですが、これからはいちそらと呼ぶことに決めました。そらいちだと"らいち"が混ざってしまうのも懸念ではありましたし。

このレビューは星宮いちごと風沢そらの関係性とはどのようなものかという問いを中核に62話のクリスマス回を読み解いていくものです。とくに風沢そらが星宮いちごのことをどう思っているのかについて深く考察しました。タイトルに序論Ⅰとつけているのはこの62話と64話の福女レース回(序論Ⅱ)と67話の恵方巻き回(序論Ⅲ)との全3回に分けて書くという構想があるためです。でした。が、結局64話と67話をまとめて序論Ⅱとして書きました。

詳しくは各話の項で語りますが、62話から67話にかけてのいちごとそらの関係、とくにそらからいちごへの視線は非常に意味深に描かれているものとして読み取ることが出来ます。"いちそら"というカップリングを本編から読み出すのがこの論の主要な目的ですが、各話についての詳細な読解も平行して試みていくので、カップリングとか興味ないという方にも楽しめる内容になっている、と思います、なってるといいですね……。

 

まずは62話「アイドルはサンタクロース!」について語っていきます。ユーミンですかね。

といってもこの回は12話「WE WISH YOU A MERRY CHRISTMAS」を強く参照するエピソードであり、いくつかの点でこのふたつのクリスマス・エピソードは重ねられています。ここについて深く言及していくため、まず12話についてまとめておきたいと思います。

 

■12話概略

12話のクリスマスツリーにまつわるエピソードは、ストーリーが進むごとにたびたび振り返られる重大なイベントです。とくに大空あかりがアイドルを志したきっかけとして参照されるものであり、アイカツ!のストーリーの中核となっている重要なエピソードといえます。

また、このエピソードが重要であるもうひとつの理由として、このエピソードが、星宮いちごのパーソナリティーと、彼女のアイカツについて、それぞれどのような特徴があるかをとても明快に説明していることを挙げられます。

それでは、この12話から、星宮いちごとはどのようなアイドルなのか、また彼女のアイカツとはどのようなものなのかについて、読み解いてみましょう。

まずは、星宮いちごとはどのようなアイドルなのかについてですが、いちごはこの1年目のクリスマスの時、スターライト学園のみんなが笑顔でクリスマスを楽しめるように、みんなのクリスマスパーティーへの願望、たとえば大きいスピーカーがほしいとか、七面鳥を食べたいとかいう願いを、ひとつづつ叶えてゆきました。また、家族と会えずに寂しがる同級生・ユナを慰めるために巨大なクリスマスツリーを用意しました。あおいはいちごを評して、「あとは、困ってる人をほっとけないんだよね」と語ります。12話の最後、みんながパーティーを楽しむなか、いちごがサンタクロースの扮装で登場したことに象徴されるように、それぞれが求めているものを与えたり、困っている人を助けたりして、みんなを笑顔にして回りたいという思いが星宮いちごのキャラクターの中核にあることが示されています。

次に、彼女のアイカツとはどのようなものなのかについて読み解いていきます。

12話の冒頭、OP直前に、ひとりでは動かせないほど重たいクリスマスツリーをひとりで運ぼうとするいちごをあおい、蘭、おとめが手伝うシーンが描かれます。これは後の巨大クリスマスツリーをエンジェリーマウンテンに伐りに行く展開を先取りする描写であることは明らかですが、ここで重要なのは、いちごが先んじて始めた行動を周りのみんながサポートしはじめる、という風に描写されているところです。いちごがひとりで運んだり、みんなが同時にとりかかるのではなく、あくまでいちごが始めたことをみんなが手伝うという形になっています。それは、いちごはひとりではできないようなことに挑み、その過程で周りの人から助けが受けられることにより、ついには達成してしまう、そういったアイドルであることの表現であるからです。ツリーに関しても、いちごたちがスターライト学園を出発して木を伐りに行って帰って飾り付けを終えるまでの全ての過程で、いちごの力だけではどうにもならない状況を周囲の人たちのサポートによって切り抜けていく様子が描写されてゆきます。ひとつひとつ見ていきましょう。

巨大ツリーを用意することを請け負ったいちごたちはまず、木を伐採するための斧を涼川から受け取ります。行く当てもなくうろついていると、TVディレクターの井津藻見輝が車を出してくれます。行き先をエンジェリーマウンテンと決めたら、天羽あすかに電話をかけて許可をとりつけます(明示されてはいませんが、おそらくはあすかに許可をとったものと思われます)。木を伐り始めたときは傍から撮っていただけの井津藻でしたが、伐り倒した木を運ぶ際には彼も手伝います。斜面を滑り降り、山のふもとで学園までどう運ぶか悩んでいると、植木屋が現れ、車に積んで学園まで運んでくれます。ステージの時間に追われて飾り付ける時間がなくなってしまいますが、飾り付けは学園の他のアイドルたちと涼川とジョニーがやってくれます。

いちごの「巨大ツリーを学園に立てる」というアイカツは、周囲の大人たちのサポートによって初めて成立したものであることがわかります。特に、ツリーのあるエンジェリーマウンテンへといちごたちを連れて行った井津藻ディレクターと、ツリーを運んだ植木屋の助けは不可欠なものでした。この二人については、井津藻ディレクターが切り倒した木を運ぶ際には一緒にアイ、カツ!と声を出しながら木を引っ張る、あるいは植木屋がいちごたちの斧が鳴らす音に反応して気にかける、などの描写があり、これはいちごの頑張りを見ていると大人も協力したくなる、という大人側の心理を顕著に表すものです。

「普段のアイカツにも、デザイナーさんとか、ヘアメイクさんとか、カメラマンさんとか、ステージの準備をしてくれるスタッフさん、プロデューサーさんやディレクターさん、他にも大勢のスタッフがいて、みんなで一緒にアイカツしてるんだよ」

とは、80話・ブートキャンプ回でいちごがあかりに対して語ったことですが、ここで語られている、周りの人との協働関係も含めたアイカツこそがいちごのアイカツであるということが、まず12話において強固に、またツリーという明確なシンボルを擁するかたちで示されているのです。

12話にはもうひとつ、いちごのアイカツについての象徴的表現ととれるところがあります。それは、いちごが調理して皿に盛ったチキンライスをおとめがつまみ食いしはじめ、それにつられるようにしていちごもぱくぱくとつまみ食いしているところを蘭に見つかって「作ってんのか?食べてんのか?」とたしなめられたふたりが、満面の笑顔で「両方!」と返すところです。これはいちごたちが作りながら同時に食べてもいる、つまりセルフプロデュースを行いながら、同時にそれを楽しむようなアイカツをしていることを示しているのです。

12話においては、みんなを笑顔にしたい、困っている人をほっておけないといういちごのキャラクター性をサンタに擬えつつ表現している点、また、みんなを笑顔にするための頑張りを周囲の人たちのサポートの上で行う、協働するアイカツこそがいちごらしいアイカツであり、それによってツリーを立てることができた点、そして、いちごのアイカツとはいちご自身をも楽しませるセルフプロデュースであることを示している点の3点が、重要な要素として描かれました。それぞれがサンタ、ツリー、調理/食事という象徴を伴って描かれたことも重要です。

 

■62話の論の進め方

話を62話に移します。この論では、62話におけるそらのクリスマスパーティーに対するデザイン手法について、また、動機について考察を加えることにより、そらのデザインからいちごに対する深い知識や強い興味を読み取ることができることを示します。

 

■そらのひらめき

まずはそらのパーティーのデザインについてみてみましょう。そらのデザインがどのような経緯で成立したのかについて、そらが自分の部屋で天羽あすかと星宮いちごが出演するテレビ番組を観ているシーンから読み取れます。詳しくみていきましょう。

あすか「私は、この世界を楽しく、幸せにするためのものなら、どんなものでもデザインしたいと思っています。ドレスにケーキ。」

(そら、「あっ」とかすかな声を出しながら画面へと振り向く。荷物を運ぶ作業を止め、画面に見入りはじめる)

あすか「そのほかにもいろいろやりたいわ。デザインに境界線、つまり、ボーダーはないんです」

そら「デザインにボーダーはない」

(アナウンサーの誘いによって、ジングルベルのラブリーサンタスカートを着たいちごがキラメキドレスケーキを台に載せ運びこむ。ひとしきりいちご人形を載せたケーキの紹介をする)

あすか「とってもおいしいケーキなのよ。ぜひみなさんに召し上がっていただきたいわ」

(とあすかが語るところから視点がスタジオからそらの部屋へと移り、あすかはテレビに映されたかたちで描かれる。そらとセイラは真剣にテレビを見る。笑顔のいちごが映る)

いちご「はい。今年のクリスマスパーティーは、みんなでこのケーキを食べます」

(そら、映るケーキを見ながら、)

そら「あのケーキ、いい。ん……でも。クルクルキャワワ。んー……」

(しばし熟考するそら)

そら「うん」

セイラ「何かひらめいた?」

そら「うん」

そらがパーティーとケーキのデザインについて、このテレビ番組からひらめきを得たように描かれていますが、このそらのひらめきとはいったいどのようなものであったのでしょうか。ドリアカ・クリスマスパーティーのデザインをする、というところからスタートして、スターライト学園とドリームアカデミーとの合同パーティーを開催しながらそこで超特大いちごちゃんケーキを製作する、というゴールへと至るまでには、いくつかの思考の飛躍があるように思われます。

この飛躍を埋める取っ掛かりとして、そらがケーキに「でも」と不満を感じているような素振りをみせていることについて考えることが有効だと考えられます。そらはあすかのキラメキドレスケーキを基本的には「いい」と肯定しながらも、どこかに否定的な要素を見出し「でも」の述べています。そのそらが否定する要素とはなにでしょうか。

それを推理するため、あすかのケーキと、それを基にそらがデザインし直した巨大ケーキのスケッチとを比較してみましょう。そらのスケッチでは、あすかのケーキに感じた不満点が解消されているはずですので、これらの比較は有効であると考えられます。

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二つのケーキの違いをみてみましょう。ひとつは大きさです。もうひとつはケーキの柄で、もうひとつはいちご人形の姿、特に腕の位置です。あすかのケーキでは胸の前で腕をクロスする姿ですが、そらのスケッチでは腕をおろして腰のあたりで開く姿で描かれています。更にもうひとつの違いが、背景の星を冠したツリーと中空に浮かぶ星の存在です。そらは元のケーキにはなかった「星」というモチーフを、新たに導入しています。

この四つの違いがあすかとそらのデザインの違いなのですが、ここで、ケーキの頂点に収まるのが「星」を名にもつ「星宮いちご」の人形である――ということを踏まえてこのスケッチを見てみますと、「星」宮いちごを頂点に置く巨大ケーキと、「星」の飾りを頂点に置く背景のツリーとが並置されていることがわかります。そこから考えると、いちご人形のなだらかに下ろした腕とケーキがつくるシルエットと、背景のツリーのシルエットとが相似形を作っているようでもあります。

星宮いちごという星を頂点におくケーキと、星を頂点に飾ったツリーとの相似をつくり、それらを並べること。これこそが、このスケッチに表されたそらのデザインの意図であると考えることができます。

そして、ツリーの頂点の星とケーキの頂上の星宮いちごの相似からは、以前のエピソードで語られたあるイメージが強く想起されます。それは53話できいが調べた、いちごがアメリカにいた時の活動のひとつである、クリスマスに巨大ツリーの頂上で光る星の着ぐるみを着たいちごのパフォーマンスのイメージです。

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ツリーの頂点で「星」として輝く、というこのパフォーマンスは、ツリーの頂上の星と「星」宮いちごを重ねあわせるものであり、これはそらのケーキのデザインのアイデアに非常に近いものです。

ここから、そらがいちごの「星になる」パフォーマンスを知っていて、それをデザインに織り込んでいる可能性を読み取ることができます。そらはパーティー会場で初めていちごと対面したときに、「初めて会った気がしない。エンジェリーシュガーを着たあなたをずっと可愛いなって見てたから」と語っており、以前からずっといちごの活動を追っていたと示されています。ですから、そらがいちごのアメリカでのパフォーマンスを知っていてもおかしくはありません。

また、そらのケーキのデザインに過去の自身のパフォーマンスが参照されていることをいちごが理解していることを示すシーンがあります。それは、巨大ケーキを完成させるための等身大いちご人形がないとそらたちが気付いたあと、そらが「いちごちゃん、あの」と語りかけただけなのに、いちごが「そうだよね!私もそう思った」と、そらのアイデアがどんなものかを断定している反応を見せているところです。

ここでいちごはそらのお願いが、「星宮いちご自身がケーキの頂点に立つ」ことであると確信しているわけですが、なぜいちごはこれを確信できていたのでしょうか?

それは、いちごがそらのスケッチブックを見た際に、そのデザインがアメリカでの「星になる」パフォーマンスを参照していることに気づいたからにほかなりません。それゆえにいちごは、そらのお願いが、自分がケーキの頂上で「星になる」ことであると確信できたのでしょう。

そらがいちごのこのパフォーマンスを知っていたのならば、あすかのケーキを見た時に「でも」とこぼすのも理解できます。クリスマスケーキというクリスマスアイテムの頂点に星宮いちごという「星」を配置しておきながら、頂点に星を頂くクリスマスツリーといういちごらしさあふれるモチーフと重ねあわせないデザインに、いちごの熱心なファンであるそらは不満をもったのでしょう。もっといちごにふさわしい表現の仕方があるはず、という思いが、このスケッチへと結実したのだと考えられます。

そらはあすかのケーキに対して不満をいだき、パーティーにおいてケーキとツリーを並べるデザインによってそれを解消しました。パーティー会場のすぐ傍には巨大なツリーがあり、そのツリーの頂点にも星が輝いています。この62話のラストシーンがケーキの上からメリークリスマスと叫ぶいちご→外観のツリーというカットの繋ぎになっていることから、ここにケーキとツリーの並置を読み取ることができます。

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また、そらがツリーの飾り付けと料理の盛りつけとの両方にアースカラーを意識するように指示していたことからも、そらがツリーと、ケーキを食べる食卓とを結びつけようとするデザインを行っていたことが伺えます。

星を冠するツリーと星宮いちごを冠する巨大ケーキの並置。これこそがそらのデザインの「ひらめき」であり、そしてそのデザインの根幹には、星宮いちごのこれまでの活動に対する深い理解があった、ということです。

 

 

そらのデザインのひらめきがどのようなものかについては示せましたが、ここからはその動機、つまり、なぜそらは合同パーティーを行ったのか、そしてなぜケーキを大きくしたのかについて、そらの台詞から考察していきます。

ひとつめの台詞は、ケーキを大きくしたいと天羽あすかにお願いに行ったとき、あすかからなぜケーキを大きくしたいのかを問われたときのそらの返答です。

「クリスマスパーティーは、一年に一度しかありません。だから、パーティーに参加するみんなにも、テレビで観てくれてる人たちにも、最高に大きなハッピーを届けたいんです」

みんなに大きなハッピーを届けたいから大きくしたい、というのが大意ですが、ここには一年に一度しかないクリスマスなのだから、という論理が用いられています。この一年に一度というフレーズは、12話でも近いものが用いられています。それは、いちごがパーティーの実行委員へ立候補したことに否定的な蘭へ、いちごが畳み掛けるように語って説き伏せるシーンです。

いちご「どうしてもやりたかったんだ!楽しいクリスマスにしたいから」

おとめ「はい!」

蘭「だからってさ……」

いちご「蘭はクリスマス嫌い?」

蘭「え?」

いちご「こんがり焼いたチキン!ふわふわのクリームの載ったケーキ!」

蘭「ち、近いから!つか、食べ物のことしか言ってないぞ」

いちご「一年に一回しかないんだよ?私たちだけで夜遅くまでパーティーだよ?すっごい楽しいよ?」

蘭「ま、まあ……嫌いじゃないけど」

一年に一回しかないという殺し文句で相手を納得させる、という点で、62話のそらが天羽あすかに許可を貰いに行くシーンと12話のいちごが蘭を説得するシーンは重なっています。つまり、このそらの台詞は、そらがクリスマスに対していちごと同じように強い想いを抱いていることを示すものといえます。

ケーキについてのもうひとつの台詞は、巨大ケーキの発表をカメラの前で済ませたあと、笑顔のいちごから巨大ケーキという幼い頃からの夢がかなったと感謝のことばをかけられたあとのそらの台詞なのですが、その前の流れも重要なので、ちょっと前のシーンから書き起こしていきます。

(そらときいがテレビカメラへ向けた巨大ケーキの発表を済ませたあと、あおいはケーキを楽しみにするキラキラッターのファンの書き込みをそらときいに見せる。きいはケーキを作る段取りについて、パティシエが来てくれることになっているとそらと話す。そこにいちごが語りかける)

いちご「そらちゃん、ありがとう」

そら「えっ?」

(そら、驚いた顔を見せる)

いちご「小さいときね、クリスマスケーキがすっごくおいしくて、食べるたびに小さくなるケーキが寂しくて、食べきれないくらい大きかったらいいのになって思ってたんだ。超巨大ケーキ!夢がかなっちゃった」

(笑顔で語るいちご。そらも笑顔で応える)

そら「よかった」

いちご「えっ?」

そら「私がケーキを大きくしようと思ったのは、ううん、クリスマスパーティーをデザインしようと思ったのは、そういう顔が見たかったから。自分が作った服で、誰かを元気に、ハッピーにできたらいいと思って、私のブランド、ボヘミアンスカイを作った。この世界を楽しく、幸せにするためのものなら、どんなものでもデザインしたい。ドレスもケーキも、パーティも。デザインに境界線、ボーダーなんてない。」

まず指摘しておきたいのは、いちごの「ありがとう」 に対するそらの「えっ?」と、そらの「よかった」に対するいちごの「えっ?」が対をなしていることです。これはこれはつまり、いちごがそらのケーキによって夢がかなえられたように、そらはいちごを喜ばせたことによって夢がかなえられた、という対称関係を暗示しているものと考えられます。

そして、このそらが語っている内容が、天羽あすかに対して語った内容と基本的には一致しているようでありながらも、天羽あすかに語ったときには「パーティーに参加するみんな」や「テレビで観てくれてる人たち」など、ハッピーを届けたい相手が「みんな」であるように明確に示していたのに対し、こちらの独白では、「そういう顔」や、「誰か」という、指す範囲があいまいな語を用いているという違いがあります。

「誰か」について。これは「自分が作った服で、誰かを元気に、ハッピーにできたらいいと思って、私のブランド、ボヘミアンスカイを作った」というところに現れる語なのですが、これは61話最後の「誰かを元気にできたかな。私のボヘミアンスカイ」というそらのモノローグを踏まえたものであることは明らかです。61話のこの台詞は、そらがボヘミアンスカイお披露目ステージのあと、会場を抜け出してひとり海辺でたたずみミミを想いながら流れたモノローグでした。このとき会場の控室へ向かっていたティアラ学園長はそらのステージによって元気になってはいましたが、そらとの接触は回避されていました。このことから、ここでそらの思う「誰か」に、ティアラは含まれていないものと考えられます。61話でそらが元気にしたかった「誰か」とは、遠く離れてしまって二度と会えないしもはや何も伝えられないはずのミミ、自由を恐れながらも果敢に一歩を踏み出したミミを代表とする人々のことなのです。たとえそらのステージを観て元気になったティアラとそらが会っていたとしても、それはそらに大きな感慨をもたらすものではなかったでしょう。

61話でそらが用いた「誰か」は、「みんな」を意味しない、限定されたごく一部の人々を指す語でした。

だとすれば、「私がケーキを大きくしようと思ったのは、ううん、クリスマスパーティーをデザインしようと思ったのは、そういう顔が見たかったから。」の「そういう顔」もまた、「いちごの笑顔に代表される、みんなの喜ぶ顔」ではなく、「星宮いちごの喜ぶ顔」という、狭く限定された意味として解釈する必要があるといえるでしょう。

そらが「いちごの喜ぶ顔」に特に強い興味を示しているとわかる描写が、あおいにキラキラッターに書き込まれた、ファンのケーキを楽しみにするメッセージを見せられたときのそらの反応と、いちごに夢がかなっちゃったと言われた時のそらの反応の違いです。まず、ファンのメッセージを見たそらのリアクションがこれです。

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次に、いちごに夢がかなっちゃったと言われたときのそらのリアクションがこれです。

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ファンの喜びや期待の声に対してはほとんどリアクションを取らなかったそらが、いちごに夢がかなったと笑顔を向けられたときにはとびきりの笑顔でそれに応えている、という対照がここに描かれています。61話であまり感情が「おもてに出ない」タイプであると描写されているそらが大きく表情を変えて頬を染めているというのも特筆すべきことでしょう。さらに言えば、このシークエンスで描かれるそらの笑顔と驚いた顔は、ノエルがいちごと会って話しているときに見せる表情と似通っていることも指摘できます。

お誕生日おめでとうと言われたノエルの表情。

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ノエルっていうのは…といちごに言われたときのノエルの表情

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いちごに「そらちゃん、ありがとう」と言われたときのそらの顔

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ノエルはいちごの大ファンであり、その彼女と似通った表情の変化をすることから、そらもまたいちごの大ファンであることが暗示されているといえるでしょう。

以上より、「星宮いちごの喜ぶ顔」こそが、そらの見たかった「そういう顔」であり、すなわちそらがケーキを大きくしようと思った理由であり、合同パーティーをデザインしようと思った理由でもある、と考えられます。

そらは、みんなを楽しませたいといういちごと共通のメンタリティも持ちつつ、しかしパーティーとケーキのデザインの根源にはいちごの喜ぶ顔が見たいという動機もあったということになります。これで、パーティーを合同パーティーにした理由について明らかになりました。合同パーティーを開催しないことには、パーティーでいちごを喜ばせることはできません。

いちごの喜ぶ顔が見たい。いちごのアイカツをデザイナーとしてサポートして喜ばせたい。あすかのケーキの、いちご人形を載せるアイデアはいいがこれでは十分にいちごらしさが表現されてはいない。アメリカでの活動を踏まえてケーキをツリーと重ねればいちごのアイカツをより深く表現できるはず。ケーキをツリーのように大きいサイズで作ればツリーと重ねて見てもらえる。巨大なケーキをパーティーで作ろう。合同パーティーをしよう。合同パーティーで巨大ケーキを作ろう。

このような思考の展開こそがそらの「ひらめき」の内実であったと考えられます。

 

いちごを喜ばせたい、いちごを輝かせたいという動機からスタートして、結果としてみんなの手で巨大ケーキを作り上げたというのが62話のそらのアイカツでした。これが12話と比して特徴的なのは、巨大ケーキの製作に大人の手を借りていないという点です。12話ではツリーを運ぶプロフェッショナルとして植木屋が登場していちごたちを助けましたが、62話ではケーキ作りのプロフェッショナルとしてパティシエが登場しながらもそらたちは彼らの助けを得られません。この危機をそらは「みんなで作る」という方針を打ち出して打開していきます。ここに、12話と対比して、自分たちの手で作り出すというセルフプロデュース性がより強く描かれていると見ることができます。

プロデュースという面において、プロデューサーのきいの助けも描かれています。

きいのプロデューサーとしての力が如実に表されているのが、きいが「アイカツクリスマスパーティー」と称して両校合同のパーティーの企画をメールで一斉送信した場面です。メールを受け取ったあおいと蘭は困惑の表情を浮かべますが、パーティーの詳細を知ったいちごは「楽しそう!」と笑顔を浮かべます。ここにもそらといちごのメンタリティの相似が表現されているわけですが、この蘭・あおいといちごのリアクションの対比は続くジョニーと織姫学園長のリアクションの違いでより強調されます。ジョニーのオーバーなリアクションによって、この提案がいかに非常識、言い換えるならば「いかにボーダーを越えているか」が浮き彫りになりますが、織姫学園長は両校合同で行うパーティーが生み出す話題性とそれによってスターライト学園も得をすると評価し、このパーティーを受け入れます。

ここで気にかかるのは、そらが合同パーティーを開催しようとする理由と、織姫学園長が合同パーティーを受け入れる理由が全く異なっているところです。そらは学校の垣根を越えたより素敵なパーティーに魅力を感じているのに対し、織姫学園長はパーティーを受け入れることによってスターライト学園の浴する利益に魅力を感じています。関係者の認識にこのようなズレがありながらパーティーを開催できたのは、ひとえに冴草きいというプロデューサーの手腕のおかげだったと考えられます。「招待されたファンの方々と、テレビを入れての両校合同パーティー」という織姫学園長の台詞から、デザイナーのそらの要求をただ伝えたのではなく、交渉相手である織姫学園長を説得できるだけの要件となるまで練りあげてから提案するプロデューサーとしての仕事を、きいがきっちりこなしていたことが伺えます。

そらのデザインをきいがプロデューサーとして形にするというのが62話で描かれた二人の関係であり、この補いあう関係はパーティーに最初に積極的に関わろうとプロデューサーに立候補したのがきいで(これは12話で実行委員に立候補したいちごと重なる描写)、そらはあくまで任命されて受動的に関わったというところからも見て取れます。きいは、綿密な計画、適切な根回しによって、そらのデザインを現実化するための事前の準備に勤しみますが、現場で起こったトラブルに対してパニックになってしまいます。それを解決するのはそらであったことも、二人の補いあう関係を示しています。

このデザイナーとプロデューサー二人が補いあい作り上げたケーキという土台の上に、アイドルの星宮いちごを載せることによってパーティーが成功する。これが62話で描かれたことであって、つまり、ケーキを作ることとは、アイドル自身のプロデュースによって、アイドルを載せる舞台をつくることの象徴であるということになります。

12話で示唆された料理=セルフプロデュースによるアイカツ、という図式が62話では、ケーキを作る=自らのプロデュースによってアイドルの立つ舞台を作り上げるアイカツ、というものに深められたかたちで描かれました。

62話で描かれた風沢そらのアイカツとは、星宮いちごを載せるためのケーキを作り、そしてそれとツリーを並べていちごを星として輝かせることであり、デザイナーとして人を、特に星宮いちごを輝かせることであったといえます。それは自身がアイドルであることよりも優先される、というのは64話の福女レース回で示されることでもあります。

 

 

 まとめ

・風沢そらはいちごのアメリカでの活動を追うほどのコアないちごファンである。

・そらのパーティーとケーキのデザインには、いちごをより輝かせ笑顔にしたいという動機があった。

・いちごとそらのメンタリティはクリスマスへの思いやみんなを楽しませたいといった面で重なっている。

・自分から立候補したいちごに対しそらはきいに指名される形でクリスマスパーティーに関わった。

・いちごはアイドルでありそらはデザイナーであるというそれぞれの立場が明確に示された。

 

今回、風沢そらがいかに星宮いちごに強い興味を抱いているかを今回示せたと思います。このそらの強い想いがいかにして散るか、というそらの失恋について、続きの序論Ⅱにおいて書いていきたいと思います。

続きの序論Ⅱを投稿しました。(16/3/14)

suekichi.hatenablog.jp

 

 おまけ

改稿前の記事を読んでくださった生姜維新さんから、 このような指摘を頂きました。

 恋人がサンタクロース 松任谷由実 - 歌詞タイム

恋人がサンタクロース」という詞は、「が」という助詞の特徴的な使い方によって、ずっと「ねえさん」の言うサンタは普通にサンタクロースのことだと思っていた少女が、彼女の恋人こそが彼女にとってのサンタクロースだったんだ!と気づいた瞬間の驚きを表現しています。

その後の「本当はサンタクロース」という詞は、恋人という存在が本当にサンタクロースと呼ぶにふさわしい、幸せを届けてくれるものであることを語っています。

少女は自分の身に素敵な恋が訪れることを予感して「そうよ 明日になれば/私もきっと わかるはず」と自分に言い聞かせます。わかる、とは何をわかるのかというと、サビで繰り返される2フレーズのうち後者の部分の「本当はサンタクロース」の部分であり、つまり恋人が私を幸せにしてくれることを初めて理解できるはず、ということを歌っています。少女は「ねえさん」のサンタが恋人であったことはわかっていますが、自分にとって恋人が本当にサンタクロースたりうるものなのかはまだわかっていない、というわけです。

つまり、この曲は、初めて彼氏とクリスマスを過ごそうとする少女がその前日に期待に胸をふくらませている状況を歌ったものと解釈できます。

そして、この62話「アイドルはサンタクロース!」をその詞と重ねてみますと、幼いころとなりに住んでいたおしゃれなねえさんを今も思い出すがもういない、というところが、61話のラストで風沢そらがもういないミミを想っていたところとかさなることから、歌のなかで恋人と深く結ばれる甘い予感に期待をふくらませている少女こそが風沢そらである、というふうに解釈できます。

そして、62話においてサンタのモチーフと結び付けられている人物は星宮いちごただ一人であることも指摘しておきましょう。

TVスタジオにて、天羽あすかのもとに星宮いちごがケーキを運び込むシーン。ここでいちごが着ているのは、12話の最後にあおいとおとめがパーティー会場で着ていた「ジングルベルのラブリーサンタスカート」ですが、62話には他にサンタのモチーフが描かれることはありません。

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風沢そらにとっての恋い慕う人物とは星宮いちごである、ということをこのサブタイトルとサンタのモチーフが暗示しているのではないでしょうか。

(素晴らしい視点と解釈を提供してくださった生姜維新さん、ありがとうございました)

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OP直後のスターライト学園のシーン。一昨年のクリスマスパーティー のクリスマスツリーの木が後に、箸、テーブル、かまぼこの板として転用されたとおとめは語ります。とくに、おとめは箸とかまぼこ板を手にしています。箸は食事するための道具であり、かまぼこ板はかまぼこを調理するための道具です。ツリーと調理/食事は12話で示されたとおりいちごのアイカツを象徴するものであるわけですが、ツリーが調理/食事に関するグッズへと変成させられたことにより、ツリーの示す「協働によるアイカツ」と調理/食事の示す「セルフプロデュースによる楽しいアイカツ」が同根のものであることが示されています。そしてこれは、62話において巨大ケーキという食にまつわるモチーフとツリーが並び立つことを暗示するものでもあるでしょう。

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じゃあテーブルはどうなったんだという話があるんですけど、これは80話のブートキャンプの島のテーブルに繋がってるんじゃないかという、かなり自信のない説があります。

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このテーブルが八角形なのが重要で、このあと、あかりは円形のステージを作ろうとするんですけど、完成したのは八角形のステージでした。

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アイカツの世界において円=八角形なのかもしれないですけど、ちょっと違和感のある、ひっかかるシーンではありました。しかしこのステージがテーブルと同じ八角形であることから、あかりの作るステージ=テーブル=いちごの作ったツリーという連なりがみえてきます…きます?見えてくるような、ちょっと無理があるような…そういう感じです。

ただ、アイドルが立つべきステージをみんなの力で作るという点において80話のステージ作りと62話のケーキ作りは共通のテーマを描いているんですよね。更に言えばスターライトの生徒とドリアカの生徒が共同でその制作にあたっているというのも62話と重なるところです。あかりのアイカツは実は風沢そらのそれと近いものなのではないでしょうか。

そして劇場版において、いちごからの継承のシンボルであるマイクを、あかりがいちごと掲げるのではなく、風沢そらと掲げているところにもそらとあかりのアイカツの近さをみることができる…かもしれません。

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ケーキを作るとはアイドル自身のプロデュースによって、アイドルを載せる舞台をつくることの象徴であると書きましたが、この象徴はたとえば、Lovely Party Collection(3年目後期OP)においても用いられているのではないかと思います。

このOPにはソレイユが作ったケーキの上にピンク、オレンジ、青の3本のロウソクが火を灯して立っているのですが、このピンク=キュート、オレンジ=ポップ、青=クールの3本のロウソクはルミナスを示していると考えられます。キュート、ポップ、クールの3人ユニットはルミナスかぽわプリかのどちらかなのですが、まあルミナスと考えるのが自然でしょう。

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3年目終盤で描かれたのは、ソレイユがプロデュースした大スターライト学園祭という舞台の上でルミナスが輝くことでした。ソレイユが作ったケーキの上で火を灯す3本のロウソクは、まさにそれを表していると考えられます。

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らいち=蘭=きい

ノエル=セイラ=あおい=そら

と表情を2グループにわけて配置してあるようです。(最初観た時意図がつかめなくて蘭の表情で笑ってしまった)

セイラあおいそらの3人はノエルと同様にいちごに強く惹かれているという描写なのでしょうか。

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いちごもらいちサイドに入れてもよさそうかも。

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「まぶし」と言わせるためだけに引っぱり出されるヒカリちゃん…。

ケーキの頂上に着地した星宮いちごを「星」に擬えるために光を浴びるリアクションをしてくれています。あと地下の太陽を引っ張りだすほどきいのイベントプロデュース力が高いとかそういうのもあるのかもしれません。

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いちごの背景のプレートに描かれた雪の結晶ぽいもののうち、五角形のものがいくつか(たぶん4つ)あるんですけど、雪の結晶は五角形にならないんですよね。なにか意図があるのでしょうか。やはり星なのか。