末吉日記

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【階段式純情昇降機】杜野凛世 「某日、入り前」を読む

【階段式純情昇降機】杜野凛世の1つ目のコミュ「某日、入り前」を読解していきます。

シャニマス、とくに杜野凛世のプロデュースアイドルカード全般に関するネタバレがあります。

 

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コミュ1:「某日、入り前」

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冒頭、凛世は「でろー…………」と連呼する。エスカレーターを背景に、プロデューサーは「こんな場所で」と笑う。二人が会話を交わすのが、仕事先の建物内であることがうっすらと(のちにはっきりと)示される。凛世が「こんな場所」にそぐわない「でろー……」を繰り返し口にするのは、いったい何故なのだろうか。

 

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回想にて。寮の前に停めた車内で、凛世の眉間に刻まれたしわを見たPは、オンとオフ、仕事とプライベートの切り替えをするよう凛世に促す。

オフへの切り替え方として、プロデューサーは凛世にバターやチョコレートソースが溶け出す光景を想像させて、リラックスを促す。これは、実在の瞑想法として、頭の上に載せた蘇(バターかクリームチーズのようなもの)が溶け流れる想像をする、「軟酥の法」というものがあるのだそうだ。

「と、トーストの上で…… とろっと溶ける……バター……」

目を閉じて、凛世は復唱する。

 

凛世は、たびたびプロデューサーの言葉を自分で口にし直すことがある。そのなかでも特に印象に残っているのは、水色感情True「R&P」の、プロデューサーの言葉を喜びとともに復唱する凛世の姿だ。

 

「R&P」のRとPがなにを意味するかについては諸説あるが、そのひとつに「Record and Play」という解釈が存在する。

「R&P」で、凛世はプロデューサーの発した「自慢のアイドル」というフレーズを大切に記憶し、そして繰り返し再生することによって、喜びにひたっている。

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記憶して、発声する。凛世はレコードであり、そっと針が落とされると、胸のうちから水色の感情を載せた声が溢れる。アイドルとしての姿に色気が乗り、その魅力は広く伝わる。しかし、プロデューサーがその音を、心を、色を、わかることはない。

 

凛世にとって、プロデューサーの言葉を復唱することは、音を反復させるだけの営みではない。

凛世という一枚のつややかな盤にプロデューサーの言葉が刻まれること、そして、音が流れること。それは、凛世のアイドルとしての在り方を象徴する行為なのである。

 

「階段式」に話を戻す。

バターに続く「でろーっと広がるチョコレートソース」で笑ってしまい、凛世は復唱に失敗する。プロデューサーが繰り出した「でろーっ」という独特なオノマトペがツボに入ってしまったのだ。プロデューサーはお互いの抱いている「チョコレートソースのかかったパンケーキ」のイメージに齟齬があるのではないかと的はずれな懸念を抱くが、凛世は軽やかに否定したのち、「でろーーっ」というユニークなオノマトペを弄びはじめる。

凛世のお気に入りとなった「でろーっ(と広がるチョコレートソース)」というフレーズには、ある象徴的な意味を見出すことができる。

それは、「仕事とプライベートの中間領域」だ。

第一に、このフレーズは、仕事場から寮へと送り届ける車内という、仕事とプライベートの境界であるような場所で凛世に与えられた。

第二に、このチョコレートソースのイメージはオンとオフの切り替えを促す手段として凛世に与えられた。パンケーキに温められて次第に粘性を低めていくチョコレートソースの連続的な状態変化が、「仕事」と「プライベート」との間をなめらかに推移することを意味している。

 

回想が終わり、エスカレーターに背景が戻る。「でろーーっ」を繰り返し口にする凛世をたしなめようとするプロデューサーへ、凛世はこう応答する。

「ここを……のぼりきったら……」

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ここで、凛世のたくらみが明らかとなる。

エスカレーターという、離れた二つの階層を連続的につなぐ機械の上で、のぼりきるぎりぎりの直前まで「でろーーっ」と繰り返すこと。それは、仕事とアイドルという分かたれた二項のあいだで、その狭間においてのみ成立するプロデューサーとの関係を、懸命に愛おしむ所作にほかならない。

仕事の上ではプロデューサーとアイドル。プライベートではただの他人。だけど、そのあわいにわずかだけ、新しい関係の生じうる領域が存在する。凛世はそこに思いを懸けて、チョコレートソースを溶かすのだ。